しらはぎ会フォーラム

「イスラムとは何か? 21世紀の国際社会」

 

講師:京都外国語大学教授 堀川 徹

その1

司会者の声は録音されていませんでした。

堀川です。ただ今のご紹介にもありましたように、私も浜松北高校に入学いたしまして、わずか一学期間だったのですが、ここで学びました。
15の時でしたから、もう40年もたつということですね。その後、父の勤務の都合で静岡高校へ転校しました。北高OBではありませんが関係者ということで、非常に懐かしく思うと同時に、じつは、私の家内が25回生で、会長の高木さんと同期なのです。そんな関係で、今回、お招きいただいたのだと思います。非常に光栄に思うと同時に、ほんとうに懐かしく思っております。私と同級の友人も何人か来てくれているようで、この後で飲みにいこうということなんですけど(笑い)。

脱線しました。本題に入りましょう。

今日は、資料を二枚用意しています。
一枚目は、今日お話をする内容を項目をたててまとめたものです。
二枚目に地図をつけています。この地図は岩波イスラム事典というところから取ったものです。これらを参考にしながら聞いていただければと思います。

今日おいでいただいた方々は、未来社会においてイスラムが非常に大きな要素になるであろう、あるいは国際社会を理解する上でイスラム社会の理解が不可欠だとお考えになって、来ていただいたのだろうと思います。
それと同時に、イスラムというのは、どうもよくわからん、わけがわからん、なぜか薄気味悪い、こういうような考えをおもちの方もあるのではないか、と思います。
あるいは、皆さまの中にはイスラム世界の人やイスラム教徒とつきあいのある方も、または駐在員などとしてイスラム社会にお住みになった経験をおもちの方もいらっしゃると思うんですね。そういう方は、私よりもイスラムのことをよく知っていらっしゃるかもしれません。
これからお話する「イスラム」というのはじつに多様です。いろんな顔をもっている。地域によっても様々です。ですから、ここでは、なるべくスタンダードな「イスラム」をお話しようと思います。その中からイスラム社会を理解し、今後イスラム社会を考える時の一つの材料にしていただければと考えます。

 

はじめに 9.11事件:21世紀の幕開け/ムハンマドの風刺画問題・・・・・・

21世紀の幕開け、2001年9月11日に、例の9.11事件が起きました。じつはあの時、私は、中央アジアのウズべキスタンにおりまして、ニュースを聞きました。映像を見ますと、本当に映画の1シーンではないかと思うくらいに生々しかったのですが、あの事件が21世紀の幕開けであったとするならば、アメリカのハンチントンが「文明の衝突」という論文を書いて発表をしたように、21世紀は、「文明同士の衝突」の世紀になっていくのではないかという危機感すら覚えさせるものであったと思います。
それからアフガニスタンの戦争、イラクの戦争などいろいろな戦争があり、現在にいたっています。
最近ではロンドンの地下鉄のテロの事件だとか、あるいはごく最近、新聞紙上を賑わしたのがイスラムの予言者・ムハンマドの風刺画問題です。ムハンマドの風刺画がデンマークの新聞に掲載されたことで、世界各地でイスラム教徒の抗議行動が起こっているということです。

そういうイスラム世界、あるいは世界全体の動きの中で、我々はイスラムをどのように理解していけばいいのか。そこで、今日は三本建てというか、三つのテーマについてお話したいと思います。
「イスラム」というと、皆さんがまず思いつくのは「イスラム」は中東の宗教だということでしょう。イスラムは中東と関わりがある、そういう風にお考えだと思います。
確かに、「イスラム」というのは中東世界の歴史をひきずって生まれ、そのまま現在にいたっています。ですから、中東をまず理解するというのが、イスラム理解の第一歩だろうと思います。それをまずお話します。
それから、二番目に「イスラムとは何か?」という問いかけから、「イスラム」というのが単なる宗教ではなくて、政治とか、経済とか、文化とか、法律とか、そういったものすべてを包括した一つの文明であるというお話をしたいと思います。
最後に、そういったイスラム世界と現在の国際社会、それはヨーロッパの枠組みで動いているわけですが、その国際社会と「イスラム」とがどういう具合に折り合いをつけていくのかというお話をしたいと思います。

 

1.中東とイスラム
(1)沙漠は豊かな土地である

最初に、少し刺激的に書きました。「沙漠は豊かな土地である」と。
「何をバカな」とおっしゃると思います(笑い)。
例えばイラク戦争があり、この時に我が国でもいろいろ報道されました。アメリカ軍が戦車や装甲車で進軍していく所なんかを、同行した記者が撮していました。もう一面の砂漠ですよね。
ところがあのイラクで、人類史上最古のメソポタミア文明というものが生まれているわけです。
砂漠の中で文明が生まれた。いや違うよ、それは川があるからだよと、皆さんお気づきですよね。チグリス川・ユーフラテス川がある。川があったから文明が生まれた。
つまり、中東というのは確かに沙漠が多い。それは水がないから。資料ではわざと「砂」ではなく「沙」という字を使いましたが、中東は水が少ないから沙漠になってしまった。しかしながら、我々がイメージする「砂漠」とは違うんです。
我々がイメージする「砂漠」は中田島の砂丘でしょう。(会場・笑い)
遠足というと、まず「中田島」でしたから。確かに浜ぼうふうなどが生えているが、まず植物は生えない。
しかし、違うんですよ、中東は。
もっと細かな、砂というより土と考えてください。水がないから「沙漠」になる。だから、水をやれば豊かな土地になるんです。その証拠に、例えば、ゴビ砂漠からは恐竜のたまごとか骨とかが見つかっているんですから。恐竜というのは、まさに、たくさん木が繁っている所で生活していたんですよ。ですから、ゴビ砂漠では巨木の化石もいっぱい出てくる。水の流れた跡もあります。つまり、今は砂漠になっていますが、昔は大木が生え、恐竜が生活していたんです。しかし、水がなくなったんで砂漠になった。ですから、今度は水を与えれば、ちゃんとした耕地になる。中東もそういう世界です。
「中東は豊かな土地である」。しかし、しかしですよ「水があれば」。
水があれば豊かな土地になる。ちなみに、植物の生育条件というのは、空気と光と水ですよ。この三つがあれば育つわけですから、水さえあれば、中東はあふれんばかりの光が注ぐ世界ですから、非常に豊かな実りが期待できる世界なんです。
古代メソポタミアのことを研究された方が試算をしています。一粒の麦をまいた時に何粒になり、何倍採れるかと。その数が多ければ多いほど生産性が高いわけですよね。それが200倍ぐらいになるというんですね。
これはすごい数字です。というのは、ヨーロッパが中世から目覚めてゆく時に農業革命が起きました。水車を使うとか三圃制農業をするとかの農耕技術改革ですが、これが11世紀ぐらいにおきました。その時に従来3倍だったものが6倍になったというんですよ。3倍から5〜6倍で「革命」ですよ。それが200倍です。いかに生産性が高かったか。そういう土地が中東なんです。

ですから、農業が盛んに行われて高い生産性が得られれば、当然、作った人が食べるだけではなく、それを流通させる、人に売るということができるようになる。つまり、農業生産に携わらない人口を養えるようになるわけです。ですから、中東は、非常に早くから商業が発達した世界でもあったわけです。
しかしながら、よく考えてみると、高い生産性を得るために灌漑をしたわけですよね。灌漑をするためには、実は非常にコストがかかるわけです。
まず治水をするために堤防を作る。それからダムを造って水を溜め、そこから水を引く。そこでお金がかかります。人手もかかります。灌漑農業というのは、非常にコスト高なんです。そのコストを回収するために、作る作物が売れなきゃだめですよね。商品性をもっていないと、コストを回収できないんです。そういった意味からも、中東では早くから商業が発達したと言えます。

ただ一つだけ申し上げておきますと、中東でもナイル川の流域とチグリス川・ユーフラテス川の流域とは灌漑の方法が違うんです。
ナイル川の場合は、季節によって自然増水するんですよね。ですから、人間が何もしなくても、自然に川が灌漑してくれるわけです。上流から肥えた土ももってきてくれて、さらに、乾燥地帯で起きる地中から塩が上がる現象=塩化で上がってくる塩も、増水した時に流してくれるわけです。エジプトというのは、ほんとうに、ナイルの賜物なんです。エジプトでは非常に灌漑が楽なんですね。
ところがメソポタミアの場合は、チグリス川・ユーフラテス川はナイル川に較べて急流で暴れ川なんです。しょっちゅう洪水が起こる。
ノアの箱船の伝説。あれはメソポタミアの伝説です。ノアの箱船がたどりついたのはアララット山ですよね。アララット山というのは、現在のトルコの東部にあるんですが、じつはチグリス・ユーフラテス両川はアララット山の山腹から流れ出ているんです。だから、ノアの箱船が源流の高い山に流れ着くという伝説になったのです。
メソポタミアの場合は、灌漑するために川を制御しなければならず、人手もお金もかかったわけです。ですから、そういう中で文明が早くから生まれ、権力が生まれたということになるのですが、ちょっと話が別になるので、商業の話にもどしましょう。

 

(2)中東は都市的社会である

こういう風に、中東では商業が早くから発達しました。
商業が発達するということは、取引の場が必要ですから、都市が生まれる。
紀元前3000年、今から5000年前に、メソポタミアではシュメールの都市文明がもう生まれているわけです。
都市というと、我々はヨーロッパをイメージしてしまうのですが、じつは、世界で最も早く都市が発達したというのは中東なんです。中東で都市が生まれるというのは、当然といえば当然であったわけです。
そういった都市というのは、現在でもそうですが、じつにいろんな背景をもった人が集まってくる場所ですよね。ですから、そこで、一番大切なのは個人の信用ということになる。商売するにも信用がなかったら商売はできませんから。つまり、個人の信用が非常に重要になり、個人が自立した社会が営まれていく。現在の中東でもそうですが、非常に個人主義というか、個々の人間の主張が厳しい、そういう世界です。
サッカーのチームに国民性が現れると、よく言います。日本の場合はチームワークを大事にする。中東のサッカーは、必ず、個人が目立つ。何もしていないように見えた選手が急に走り出してゴールに向かう…なんてサッカーです。個々の人間が強く自分の主張をするという特徴をもっているのが中東社会です。

そして、都市にはいろんな背景を持った人が集まるわけですから、何かトラブルが起こった時にそれを解決する方法が必要になる。だから、法律というものが非常に早くからできています。
ハンムラピ法典は、紀元前18世紀ぐらいにできていますけれども、じつはそれよりもっと古い法典があったことが今ではわかっています。非常に古くから法というものも確立していたんです。

中東のもう一つの特徴というのは、一神教の伝統があるということです。

 

(3)中東には一神教の伝統があった。

もともと「神様」というのは、それぞれの町とか、職業別とかでいろいろといたわけです。いろんな神様がいたわけですが、広域の商業が発達すると、いろんな神様がいては不都合が多いわけです。広域をカバーするような神様がいた方が便利であるということになり、一神教というものが生まれました。ユダヤ教です。

そのユダヤ教の改革者としてイエスが登場します。そして「愛の教え」を説いたわけです。
一神教が生まれたのはパレスチナですよね。現在でいうとイスラエルの地域ですけど、つまり地中海の東の世界で生まれたのです。その一神教であるキリスト教は、この地域を支配したローマ帝国によって、当初は禁止禁止されていたんですが、やがてたくさんの信者を集め、これを無視できなくなったローマ帝国は、やがてこれを公認する。そして、さらには、国教に定めていったわけです。
キリスト教が国教に定められると、それまではローマにも、それからギリシャにもたくさんの神様がいたわけですが、それらは全部廃棄されてしまいました。ギリシャの神様の神像は、たぁくさんあるわけですが、それを全部、海に放り込んでしまった。捨てちゃったわけです。後に、引き上げられた一つが「ミロのビーナス」です。当時、ギリシャの神像を捨てたのは、キリスト教徒なんですよね。ローマ帝国において、キリスト教が国教化された時の事件だったわけです。
一神教というのは、他の神を認めませんから、非常に厳しいところがあるというのも、中東の伝統での一つであるとお考えください。

 

(4)中東=アラブ世界=イスラム世界ではない。

ところで、中東というと、皆さん、アラブの世界、そしてイスラムの世界だという風にイメージされるのではないかと思います。
しかし、違うんです。
中東には、アラブでない人たちがたくさん住んでいます。国でいいますとトルコですね。住人のトルコ人は、言語的には、アルタイ語族に属すトルコ語、つまり我々の言語、日本語にわりと近い言語を使います。
それからイラン。イラン人が使うペルシャ語というのは、インド・ヨーロッパ語族に属しますから、彼らはヨーロッパの言葉、あるいはインドの言葉に近い言語を使っています。
それから、忘れてならないのが、イスラエル。多くはユダヤ教徒で、ユダヤ人とよばれている彼らが住んでいます。ヘブライ語を使っています。しかし、イスラエルでは、ヘブライ語だけではなく、アラビア語も公用語です。今、アラブ地域から移住したユダヤ教徒も多いんですね。
しかし、これ以外にも、アラビア語以外の言語を母語とする人が、中東には住んでいます。それと同時に、ムスリム以外の人も、ムスリムというのはイスラム教徒という意味ですが、ムスリムではない人々もたくさん住んでいます。

しかし、これは、当然といえば当然なんですよね。
もともとユダヤ教が起こった所ですし、それからキリスト教が起こった所です。例えば非常に古い信仰の形を残したキリスト教徒が、いろんな所に住んでいます。
我々は、中東というと「イスラム世界だ」とパッとイメージしてしまいますが、そうでない人もたくさん住んでいるということです。外国から来た人ではなく、もともとそこに住んでいる人がたくさんいるということです。

それと、もう一つ、イコールではない理由として、中東にイスラム教徒が一番多いかというと、じつはそうじゃないんです。
イスラム教徒が最も多い国はインドネシアです。
地域でいうと、南アジアが多いです。

地図をご覧ください。

普通、中東というと、一番東がアフガニスタン、そこからイラン、イラク、シリアにイスラエル、アラビア半島の一帯、トルコもそうです。それから北アフリカでエジプト、スーダン、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、モーリタニア。だいたいこれを中東といいます。
地図で中東を見ていただくと、ほとんど濃い色で塗られてますよね。そこはイスラム教徒が100〜80%以上いる世界です。確かに、イスラム教徒が非常に多い。スーダンはちょっと少ない(80〜50%以上)ですけど。
ところでムスリムの多い地域は南アジアだと言いましたが、国で言うとパキスタンとバングラディシュと、そしてインドなんです。
インドは真っ白でしょう。イスラム教徒は少ない(約14%)とお思いでしょうが、ところが数字を見てください。1億2000万人以上。
インドは人口が多いので、すごい数字になるんです。インドは大イスラム国家です。この数字は2001年のものですから、今はもっと増えています。パキスタン、インド、バングラデシュで軽く4億人。
中東で3億人と言われていますから、南アジアの方がむしろ多いですよね。
それから東南アジア。インドネシア、マレーシア、タイ。ミャンマーとかフィリピンにもたくさんイスラム教徒がいます。
それから最近増えてきたのが、アフリカの内陸部です。中東に含まれる北アフリカではない地域ですね。こういった所でもイスラム教徒がどんどん増えています。
中央アジア、旧ソ連領にもたくさんいますし、ヨーロッパにもいます。紛争があったボスニア・ヘルスゴヴィナとか、アルバニア。こういった所にはイスラム教徒がたくさん住んでいます。
そして中国。1700万人。
さらに、ヨーロッパの、今言わなかった国々。たとえばフランス。地図には324万人と書いてありますが、これは公式の数字で、市民権がなくフランスに住んでいるであろうイスラム教徒を含めれば600万と言われています。フランスの人口は6000万ないんですよ。ですから10%以上の人がイスラム教徒です。宗教別人口ではとっくにプロテスタントの数をぬいて、カソリックについで二位になっています。ヨーロッパでは、フランスが一番多いですね。もちろん、フランスの旧植民地であるモロッコとかチュニジア、アルジェリアなどからの移民が多いのですが、そうでない人もたくさんいます。改宗した人もたくさんいるんです。
それから、アメリカ。地図では500万人になっていますけど、これも800万いるであろうと言われています。アメリカにもイスラム教徒の数は多いです。

ちなみに、日本にはどのくらいいるかということで、これは統計がないんです。

日本の場合、国勢調査でも宗教の欄はありませんよね。ですから、推測するしかないんです。いろんな研究があるんですが、信用のおけるところで、だいたい10万人弱、10万人はいないだろうと言われています。そうすると、総人口1億2000万の10万でしょう。現在の銀行の利息みたいなものですよ(笑い)。0.08ぐらいありますかね、ちょっと銀行よりいいか(笑い)。
日本は、イスラム教徒が非常に少ない国なんです。日本国内でイスラム教徒の人々とつきあうというのは、皆さんご経験がないかもしれませんね。

しかしながら、世界全体では、だいたい13億人というような数字が言われています。これも推定です。60億の地球人口でいきますと、もう五分の一はとっくに越してるんですね。
一番多いのは、もちろん、キリスト教徒です。キリスト教徒が14億と言われます。ですから、もうその数に迫っているんですね。
近い将来、地球上でイスラム教徒が一番多くなるというのは間違いない、もう時間の問題です。そして、四分の一を越えるのも、時間の問題。
これはなぜかというと、イスラム世界では出生率が高いです。ですから、人口が増加するというのが一番の理由です。しかし、それだけじゃないんですね。
イスラムに改宗する人も増えている。
だからイスラムの教えには「何らかの魅力がある」と、我々は見なくてはいけないわけです。
じゃ、なんなんだ、それは!? という話なんですね。