第15回 お盆と夏柑糖


 8月の京都の行事といえば、16日の「五山送り火」いわゆる大文字焼きです。今年は朝から雨が降り、昼頃には6日前の台風11号の京都通過の時より激しく、外が真っ白になるほどの豪雨でした。それでも、夜8時には止んで、無事に東山如意ケ嶽の「大文字」、松ヶ崎西山(万灯篭山)と東山(大黒天山)の「妙法」、西賀茂船山の「船形」、金閣寺近くの大北山の「左大文字」および上嵯峨翁寺山の「鳥居形」と5つの山で5分おきに点火され、夜空にくっきりと浮かび上がったのでした。
 葵祭が雨のため、順延や中止になることはあっても、五山送り火が中止になったことは、私の記憶ではありません。五山送り火は盆の翌日に行われる仏教行事であり(「報恩経」)、ふたたび冥府にかえる精霊を送るという意味をもつものです。

浜松のお盆は7月13日から15日です。初盆のお宅にお参りに出向く「盆切り」はどうも遠州地方独得の風習のようです。13日の夕刻、喪服を着た人たちが初盆を迎えるお宅を揃ってお参りするため、あちこちで喪服集団に出会います。遠方には車で行くため、盆切り大渋滞も起こります。
 お葬式は葬祭会館を借りても、お盆は自宅でしますから、盆提灯をはじめ、かなりハデな盆飾りの祭壇をこしらえ、暑い時期ですから果物の代わりに缶詰の籠盛りがところ狭しと並びます。9年前の父の初盆のときは、葬儀に来てくださった方々が沢山お参りにいらして、兄と母は座敷でご挨拶を受け、兄嫁と私は玄関で立ったまま出迎えて、お帰りの方々にペットボトルのお茶と盆供のお返しの品を渡す役でした。私が寝る部屋はその品物の入った段ボール箱で埋まり、仕方なく、座敷の祭壇の前で座布団を並べて一晩寝たのでした。猛暑のなか、喪服を着てわざわざいらしてくださった方々には本当に頭が下がりました。

京都に来たら、浜松のようなお盆の行事はなく、大文字の送り火を静かに眺めるだけで、いいなあと思いました。
 その代わりといっては語弊がありますが、京都には子ども達を守るお地蔵さんのお祭り、「地蔵盆」があります。どこの町内にもお地蔵さんがお祀りしてあって、24日の地蔵菩薩の縁日に行われることが多いです。お地蔵さんに提灯やお花などで飾り付けをし、僧侶の読経もあって子ども達の無病息災を祈ります。お地蔵さんの前にゴザを敷いてテントを張り、子ども達はゲームをしたり、福引きをしたりして遊びます。うちの子ども達が小さい頃に住んでいた地域ではスイカ割りもありました。最近は子どもの数が減って、行事そのものも縮小しているように感じます。

京都でお盆のときにお供えするお菓子は落雁で、7月末頃からスーパーやデパ地下でも、蓮の花や果物、野菜をかたどったものを詰め合わせ、売られます。全くの偏見ですが、わたしは日持ちのするお菓子は日持ちしないものより味が劣る、と思っています。と言うわけで、干菓子は取りあげないことにします。もっとも、讃岐の和三盆で作られた干菓子は別ですが。

今回は「夏柑糖(なつかんとう)」をご紹介します。一昨年、偶然ですがふたりの美しい独身女性が私にくださいました。おひとりには、自宅に招いていただき、冷茶と共にごちそうになりました。それから間もなく、別の方が同じものを送ってくださったのです。北野天神さんの近く、上七軒という花街にある「老松」のものです。このお店が戦後まもなく作り始めたそうで、日本原産種の夏蜜柑を使用しています。中身をくりぬいて果汁を絞り、寒天と合わせ、再び皮に注いで固めています。ゼリーではありません。
 昭和50年以降、グレープフルーツの輸入自由化により、夏蜜柑は甘夏に作付け転換され、その姿がほとんど消えてしまいました。「老松」は原産地である萩(山口県)の各農家に依頼し、種の保存と品物の確保に努めたそうです。今では、原種の夏蜜柑確保のため、和歌山の産地農家にもお願いして、ひとたび甘夏の樹に換えられていたところを夏蜜柑に戻してもらい、このお菓子を作り続けることができている、とのことです。
 近頃では様々なお菓子屋さんが夏の涼菓として作っていますが、ふたりの美女から頂いた「老松」の夏柑糖に勝るものは今のところない、というのが実感です。

ところで、家に招いてくださった方はモデルルームのような美しいお宅にお住まいでした。家に上がるなり、彼女はリビングルームにあった立派な仏壇に私を導き、すばやくお線香に火をつけるとサッと差し出し、亡き両親に上げるよう促しました。会ったこともない方にお線香を上げることを要求されたのは初めての経験で、私はすっかり動転してしまいました。その後、出てきたお菓子「夏柑糖」はひんやりとして、忘れられない味となりました。

彼女は仏壇屋のお嬢様でした。異様なほど立派な仏壇が、しかもリビングに鎮座していたのはそういう訳かと納得です。お盆にはきっと夏柑糖をお供えしていることでしょう。

   
参考文献 藤枝静男「盆切り」(『藤枝静男著作集』第二巻 講談社 1976)
参考サイト  京都市観光協会 https://www.kyokanko.or.jp/okuribi/
  京都の和菓子 老松 HP http://www.oimatu.co.jp

(2014.8.28記)